katosvanidze18851907’s diary

知恵袋、okwaveで質問した回答したものをコピーして載せるだけのブログ。書いた文章は 自分の財産なので。つまりはこのブログは記録する倉庫の役割り。アクセス数やランキングは付録なので興味はない。物事、この世の深淵、本質、真理とは? 全ては知識と文章能力が解決してくれる 知識を付けて盲点を無くしていけば、。ゴールは現状の外に。 現状の外にゴールを作れば未来の記憶が作られるが、現状の内側にゴールを設定すれば、我々は過去にしばれる、過去 の延長線上を生きることに 過去からの脱するに未来に対してイメージ、臨場感を

ブッタは 自分の指差す指をを見るのではなく、 自分の指差した先を見ろと言った、 (指差した先は、とは、何かは ご自分で考えてください。)

日本仏教は全て葬式産業、、

仏教ではない。

墓を上がめるのは儒教の影響。

「魂魄」を調べて。


ブッタの言葉で重要なのは、

「縁起」お互いの関係性によって

この世全ては存在する

お互いの関係性を変えれば

自分が変わり、世界が変わる。

ということ。


心、自我は縁起で出来上がった

一つ点でしかない。

しかも、移ろいやすく

捉えることは出来ず、

役割は、

めあぐるしく変わっていく、

その役割には、色々な意味合いが

包括している。

(この世の全て幻だが「空」「空観」、

仮の役割りがあり、

仮の役割があるから、「仮観」

我々が存在し、幻に意味が存在する)

「中観」


(空観、中観、仮観)を調べて。




ブッタは

自分の指差す指をを見るのではなく、

自分の指差した先を見ろと言った、

(指差した先は、とは、何かは

ご自分で考えてください。)

弟子たちが

構築した啓典を読み漁ったたり、

弟子たちや、ブッタに縋ったりしては、ブッタの教えに反する、

意図を汲み取ってないことになり、


ブッタや弟子の教えに

依存するのではなく

それから、自立して、独り立ちしないと